木村忠啓エッセイVol.2

 

【2018/10/08掲載】

 昭和61年経済学部経済学科卒業の小説家の木村忠啓(きむら ちゅうけい)と申します。
私は2016年度の朝日新聞時代小説大賞において「堀に吹く風」(後に「慶応三年の水錬侍」と改題)で大賞を頂き、プロデビューいたしました。この賞は2009年から続いてきた賞なのですが、2018年の本年を持って十年の歴史の幕を閉じることになりました。
それだけ出版業界も不況だということですが、今回はその話は置いておいて、弊著の選評者の方々についてお話しさせていただきたいと思います。
2016年の第八回の選評者の方々は、縄田一男先生、葉室麟先生、松井今朝子先生の三氏。
 まず、縄田先生ですが、これ知識の塊のような方です。タイトルを覚えていないうろ覚えの小説の断片を口にすると「ああ、あれね」とタイトルを口にされる。
その読書量には圧倒されます。現在、日経新聞の木曜日の夕刊に書評を掲載中ですが、この書評は1992年から続いているので、もう26年も続いていることになります。光栄にも新作である弊著「十返舎一九あすなろ道中事件帖 悪女のゆめ」を去る九月二十七日付けの書評で取り上げていただきました。書評は「まだ目鼻もついていない同心時代の一九の活躍が小気味いい」と書いていただきました。星は三つで、少しばかり微妙なのですが、「評が辛くなるのは、あくまでもそこに期待があるからで、思い起こせば、皆、私が愛して選んだ本だからである」(「日経時代小説時評」日本経済新聞社)とあるから、ますます精進しなければ、とふんどしを締め直した次第です。
次に、葉室麟先生です。ポスト藤沢周平の勢いのある感の先生ですが、残念ながら、昨年の2017年に急逝されています。今年の朝日新聞時代小説大賞は、縄田先生、松井先生の両氏によって選考されたわけですが、葉室先生の死去もこの賞に終止符が打たれたひとつの理由でもあるように思っています。作風からすると、少し無口な無骨感なのかと想像していたのですが、もともと新聞記者をなさっていただけあって、饒舌な方でした。
「時代小説を書くものは、一度は京都に住まねばならぬ」とおっしゃって、単身で京都に住んでおられた話をしていたのが印象的でした。なんでも、ワンルームマンションのようなところに住んでおられたようで、作品も壁に打ち付けられた机で書いていたそうです。
「腰が痛くなるんだよなあ」と葉室先生がおっしゃると、「あなた、稼いでいるのだから、もっといいところを借りなさいよ」と松井先生に言われていた姿を昨日のようによく覚えています。葉室先生のエッセイに「柚子は九年で」(文春文庫)という名作があります。タイトルの意味は、柚子の花は咲くまで九年掛かる、というものです。
「書き続けるうちに、懸命に過ごせば、移ろい過ぎる時は豊かさを増すことができるとわかるようになった。時間は長くなりはしないが豊穣にはなっていくのだ」という部分をいま、肝に銘じているところです。
次に松井先生ですが、今まで見た女性の中でもっとも理知的な感じのする方でした。かといって、冷たいのではなく、優しい気遣いのできる素敵な女性でした。葉室先生と同様、直木賞受賞作家でありながら、偉ぶるところのないフランクな方で、料理と乗馬が大好き。凝り性のようで、どちらの趣味も徹底しておられるところが印象的でした。
松井先生も十返舎一九を主人公とした「そろそろ旅に」(講談社)という小説を書かれておられますが、その小説の末尾で「若いときから、好奇心の赴くままに、どこへ行こうが、何をしようが、だれと一緒に暮らそうが、そのつどそこに馴染んでいるかに見せながら、時が来れば何もかもさらりとおさらばできた男は、いうなれば永遠の旅人だったのだろう」と的確に一九の性格を描写しておられる。見事というしかありません。
最後にもうひとつお伝えしたいのは、第一回から第三回まで、朝日新聞時代小説大賞の選者に学習院の先輩の児玉清氏がいたことです。児玉氏は先の縄田先生と作家の山本一力氏との共著で「ぼくらが惚れた時代小説」(朝日文庫)を表わされておられます。この本を読むと児玉氏の読書量のすごさに圧倒されます。児玉氏はエッセイも素晴らしいのですが、一冊だけ「負けるのは美しく」(集英社文庫)を紹介したいと思います。
「ぼくの俳優の道は、いつももやもやとした敗北感といったものに包まれていた。勝った!! やったあ!!という気持ちになったことがなく、終れば絶えず苦渋のみ残るばかりだ。(中略)どうせ勝利感を得られないなら、また明確な勝利を望むべくもないなら、いっそ、せめて美しく負けるのを心懸けたら、どうなのか、そう考えたとき、はじめて心に平和が訪れた思いがしたのだ」とタイトルにもなった氏のモットーが語られています。また、最愛の娘さんの死についても書かれているのですが、乾いた筆だけに、ひしひしと胸に迫ってくるものがあります。
 以上、今回はとりとめのない文章になってしまいましたが、やはり読書から得られるものは多いと思います。みなさま、ケータイもいいけど、本もよろしくお願いいたします。
【編注】第2弾 十返舎一九 あすなろ道中事件帖 2 「銀色の猫」・・・平成30年11月15日発売 (双葉社より)